印西な生活

元祖住みよさ日本一の千葉県印西市を紹介

印西市の輝かしい歴史

原始時代

1954年~1966年のとってもワンダーな時代

高度経済成長期の頃の印西市の時代になります。いえ、当時は印旛郡印西町と呼ばれていました。前回の東京オリンピックも目前に控え、誰もが幸せ一杯の時代でした。とりあえず、首都圏にたくさんの人が安心して暮らせるニュータウンが必要だよねってことで、現在の白井市、船橋市、印西市の三市を東西に横断する大規模なニュータウン構想が計画されました。あっ!!でも、前回の東京五輪が前回でなくなる恐れがありますね。新型コロナ流行の最中、2020東京五輪ホンマやるんかいな?的な状況です。まあ、そんな話は横においといて、印西町のお隣の成田町が成田市へ昇格した時代でもあります。当時の印西町は本当に何もない場所で、草木がジャングルのように生い茂る超ド田舎でした。首都圏でも稀に見る手付かずの未開の地として知られ、多くの野生動物が暮らしていました。

1954年印西町開闢、北総の地に印西が爆誕する。
1966年白井町、船橋市、印西町が三位一体となり、北総の地に人口30万人を想定したニュータウン構想が計画される。

暗黒時代

バブル経済崩壊で突然ハシゴを外された時代

本当にニュータウンの開発工事が開始されます。こんなギアナ高地みたいな場所に、人口うん十万人の街ができるんかいな?と半信半疑だった当時の印西町民も驚愕したようです。鉄道(北総鉄道)まで本当にひかれ、都心と成田空港の中間地点と言う立地条件から、一気に印西町発展の機運が高まります。しかし、バブル経済崩壊の影響をもろに直撃、開発計画が鈍化、道路網が十分に整備されず、満足なバス路線もなく「陸の孤島」と化します。外界と繋ぐ鉄道も運賃がバカ高く設定され、はじめて乗る人は目ん玉をポーンさせました。18歳人口が絶頂期に達していた時期とも重なり、やんちゃな青少年が町内を席巻、わけのわからない雄叫びが鳴り響くなど、印西町が世紀末救世主伝説状態と化した時代となります。町内会でも旧住民と新住民の対立が激化、ガラの悪い田舎町になり果てました。

1967年千葉ニュータウン着工。
1979年北総鉄道が白井町と船橋市まで開業する。現在の千葉ニュータウンの西半分から入居受付が開始され、首都圏で住まいを求める人々が集まり始める。
1984年北総鉄道が印西町まで延伸、千葉ニュータウン中央駅が開業する。いよいよ、印西町の千葉ニュータウンの入居受付が開始される。
1991年北総鉄道が都心への直通運行を開始する。利便性の向上にともない、千葉ニュータウンが首都圏の一大ベットタウンとして注目を集め始める。しかし、直後にバブル経済が崩壊。印西町に暗雲が垂れ込め始める。
1994年印旛日医大病院(日本医科大学千葉北総病院)が開院する。
1995年北総鉄道が印西市内で延伸され、印西牧の原駅が開業する。牧の原エリアの入居受付が開始される。

黎明時代

たぶん神様の気まぐれだと思う時代

しかし、下落した住宅価格に魅力を感じた人々が、どうせ交通費は会社が至急してくれるからと印西町へやって来るようになりました。何気に人口は増え始め印西町が市へ昇格します。さらに、閉塞感漂う印西に一筋の光が差し込みます。あのジョイフル本田が印西市にやって来ました。これを契機に印西が再び発展し始めます。ジョイ本の後に続くよう競合他社のホムセンも進出、ショッピングモールも市内のあちこちで続々建設されはじめ、印西市は北総地域の一大商業拠点として変貌を遂げます。中途半端な状態で放置されていた千葉ニュータウンの道路開発も一気に弾みがつき、周辺自治体とのアクセス性も向上し、印西市は「お買い物天国」な街として、毎日多くの人々が買い物に訪れるようになります。そして、東洋経済住みよさランキングで全国一位の座を仕留めます。

1996年印西町が市制移行、印西市が爆誕する。
2000年北総鉄道がさらに延伸され、印旛日本医大駅が開業する。千葉ニュータウン最東端エリアの開発が始まる。千葉ニュータウン中央駅前にはイオンモールが開店した。
2002年ジョイフル本田千葉ニュータウン店が開店する。
2007年印西のランドマーク的商業施設のBIGHOPが開業する。大観覧車そらっぱより高い建築物はなかった。
2010年印西市が本埜村と印旛村を吸収合併、現在のような”ひよこ饅頭”を押し潰したような形になる。さらに、成田スカイアクセスが開業、北総線と成田空港が直結され、スカイライナーの運行区間となる。印西市大躍進の年となるも東日本大震災に見舞われ、市内で震度6弱の揺れを観測する。非常に緊迫した年となる。
2012年東洋経済住みよさランキングで全国一位の座を獲得する。しかし、印西市民は誰一人として関心を寄せなかった。

黄金時代(前期)

印西市/千葉ニュータウン大繁栄時代の幕開け

北総鉄道の運賃がバカ高い!!買い物には困らないけど車がないと不便!!インターネット上ではインドとバカにされている等と言った困惑の声が上がるも、住みよさランキングで四度目の首位獲得なると「本当に日本一住みよいのでは?」と印西市民の間で徐々に語られ始める。信じる者は救われるのか!?いや、もうそう言う話にしてしまえと言うことで、全国に向け印西市の逆襲が開始される。もう「陸の孤島」とは言わせない。多くの印西市民がそのような決意を固めた時代である。たぶん。なんか、コストコもやって来るし、印西市はますます買い物便利な自治体へ進化を遂げて行きます。しかし、首都圏においてですら印西市を「いんにし市」とか「いんせい市」と呼ぶ者が後を絶たず、多くの印西市民がこれに苦慮した。そこで印西市では「いんざい君」なるゆるキャラを誕生させました。

2013年東洋経済住みよさランキングで全国一位の座を再び獲得する。何かの間違いではないのかと、東洋経済新報社に心配の声が寄せられる。
2014年東洋経済住みよさランキングで全国一位の座を三度獲得する。印西市に対する皮肉なのかと困惑の声が囁かれ始める。所ジョージの某テレビ番組で印西市が取り上げられはじめ、全国のその名が知れ渡り始めるも、特異な字面をした自治体名から、ネット上ではインドにある街、西インド市と嘲笑される始末であった。
2015年東洋経済住みよさランキングで全国一位の座を四度獲得する。ここら辺から、印西市民の間で「本当に住みよいんじゃね?」的な噂話が流れ始める。

黄金時代(後期)

ITと物流で新しい進化と遂げ始めた時代

北総地域の一大商業拠点として注目を集める一方で、印西市はカチンコチンに硬い岩盤からなる台地の上にある自治体であったことから、地震と風水害にメチャクチャ強い場所として知られるようになります。そのため、IT業界や物流業界から脚光を浴び、印西市に続々とデータセンターや物流基地が集中的に建設され始めます。検索エンジン最大手のgoogleも日本初となるデータセンターを印西市に建設します。さらにイメージ戦略として印西市インド化計画を推進、全国に向けてボリウッド風の自治体プロモーションビデオを制作して公開する等、大々的な反撃に打って出ます。結果、印西市のことをインドとバカにしていた連中はネット上から姿を消しました。まさに、印西市が絶頂期を迎えた時代となります。しかし、東洋経済との蜜月関係はそれ以上長くは続きませんでした。

2016年東洋経済住みよさランキングで全国一位の座を五度獲得する。ええ、マジかよ!!的な状態になる。一部の印西市民がこれに呼応して立ち上がり始める。市制移行20周年の節目とも重なり、市内の各地で様々なイベントが企画される。しかし、印西花火大会が失敗に終わる等の不祥事も起きる。
2017年東洋経済住みよさランキングで全国一位の座を六度獲得する。全印西市民が感動と感激を覚えた(たぶん)。しかし、都市化が進むと同時に、平和だった印西市も、徐々に物騒な事件が目立ち始める。
2018年東洋経済すみよさランキングで全国一位の座を七度獲得する。さらに、印西市の人口が10万人突破する等、市内のあちらこちらでピンクの旗がなびき、戦勝祝賀ムードに包まれる。同年には「インドじゃないよ印西市」なる自治体プロモーションビデオが制作され、全国の印西市の名を轟かせた。まさに絶頂期となった。

斜陽時代

思わず下り最速伝説を作ってしまった時代

東洋経済が突如としてランキングの算定方式を変更。これにより印西市は14位に転落する。さらに、2020年には一気に32位まで下る。いや、これは転落しているんじゃない!!どの自治体よりも速く前(未来)へ進むための滑走なんだ!!万有引力の法則に従い、一番上にいた者が一番加速できる!!と割り切ることにする。もはや、千葉ニュータウン内で東洋経済住みよさランキングのことを語る者はもはや誰一人としていない。それよりも、新型コロナウイルスの流行で印西市内でもクラスターが発生して大変な事態になる。一日も早い流行終息を願いたい。次回作の自治体プロモーションビデオは、状況が状況だけあり、やっぱり、コロナが終息するまでお預けだろうか。ジョニー・ウェイクリンのインザイールで予言されているスーパースターの到来を期待したい。

2019年東洋経済住みよさランキングで異変が発生する。印西市が14位に転落する事態が発生する。多くの印西市民が落胆する。しかし、印西バランスなるサイケデリックな音楽と合わせて踊るダンスが考案され、多くの市民がこれで元気を出す。しかし、この年の夏、千葉県に襲来した台風19号により、印西市/千葉ニュータウンも停電等の甚大な被害を被る。災害に強い街が売り文句だった印西市も大きな岐路に立たされた。
2020年東洋経済住みよさランキングで32位まで急落する。これだけ急激に下落した自治体もなく、印西市はおもわず「下り最速伝説」で作ってしまった。新型コロナウイルス流行による経済停滞とも重なり、再び、印西市に暗雲が垂れ込め始めている。

印西市、復活なるか!?

新型コロナウイルスと戦う時代

これは印西市だけの問題ではありませんが、新型コロナウイルス流行による市内経済への影響を和らげる目的で、印西市は「いんざい応援クーポン」なるお買い物割引券を全印西市民に配布することを決定、敢行しました。一人5000円分となるので、四人家族であれば2万円、あやしい養子縁組をしまくっている100人家族のご家庭であれば50万円分が配布されます・・・すみません、これはウソです。でも、一人5000円分は大きい金額だと思います。いよいよ、食欲の秋到来です!!クーポン券でお腹を満たして幸せな気分になりましょう。そんな訳で、人類絶滅の日まであと何日的なノリで、当サイトでクーポン券無効日までカウントダウンを始めました。頑張って全部使い切りましょう。

最終更新日:2020年9月23日

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